理解されなくても続ける意味──家族とのすれ違いの中で学んだこと

このブログは「喘息の薬に頼らずに子どもを元気にしたい」と願うお母さんに向けたシリーズです。前回までのお話はこちら


自然療法を続けたい私と、「普通のご飯がいい」「肉や魚が食べたい」という家族とのギャップ。
理解されないことも多く、「どうして私だけ頑張っているんだろう」と孤独を感じることもありました。

それでもやめなかったのは、子どもの体調が少しずつでも変わってきているのを感じたからです。

すれ違う気持ちと小さな工夫

義母からは「いつまで続けるの?」と聞かれたり、元夫には「もっと力のつく料理を」と言われて、作ったご飯を食べてもらえなかった日もありました。

それでも自然療法をやめる気にはなれませんでした。
長男の喘息がつらそうな姿を思うと、「私ができることをやめたくない」という気持ちの方が大きかったのです。

無理に押しつけるのではなく、工夫しながら続けました。

  • 圧力鍋で玄米を炊いて「これなら美味しい」と思えるようにする
  • 白米に雑穀を混ぜたり、時々玄米を出す
  • 玄米の上澄みを少しずつ飲ませて習慣にする

こうした工夫を重ねることで、自然療法が日常に溶け込んでいきました。

自分の直感を信じること

当時は「やってみてダメなら薬に戻そう」と思っていましたが、その“やめどき”をどこで判断するかはとても難しいことでした。

不安で揺らぐときに支えになったのは、自然療法の先生や仲間の存在です。
「症状は必要があって出ているもの」
「薄紙をはぐように改善していくから大丈夫」

そう言ってもらえることで、症状を怖がらずに見守れるようになりました。
症状を「抑える対象」ではなく「出し切るべきもの」ととらえるようになったとき、私の中で大きな視点の切り替えが起こったのです。

今だから思える家族への感謝

当時は「理解されない」「協力してもらえない」と感じることもありました。
けれど振り返ってみると、完全に反対されていたわけではなく、ある程度は私のやりたいようにやらせてもらえていたんですよね。

あの時、自分の思うように試行錯誤できたのは、見守ってくれた家族がいたからこそ。
今となっては感謝の気持ちでいっぱいです。

少しずつでも変化は見える

自然療法に即効性はありません。
でも「昨日よりはちょっと楽そう」「前回よりは落ち着いている」と感じられることがありました。

その小さな積み重ねが「やめなくてよかった」と思わせてくれたのです。

次回予告

「理解されなくても、子どもの笑顔が私の答えでした。」
次回は、長男が元気に走り回れるようになった日のお話をお届けします。

このシリーズ最初のお話はこちら👇

自然療法を始めると、薬に頼らず身体の力を引き出す選択肢が増えます。
何より、「気持ちいい!」と感じながら体調が整っていくのが魅力です。

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