自然治癒力を、
もっと信じられるようになったらいいのにな、
と、今朝ふと思いました。
同時に浮かんできたのは、
「いつから私たちは、そんなに信じられなくなったんだろう」
という問いでした。
もし、
「自然に治るものなんだよ」
「その間は、こうやって過ごせばいいんだよ」
そんなふうに知っていたら。
不安になるたびに、
そんなに簡単に薬を飲まなくても
よかったのかもしれないな、と思うのです。
目次
物心ついた頃から、当たり前だったこと
自分のことを振り返ると、
物心がついた頃にはもう、
「症状が出たら病院へ行く」という選択が
とても自然なものとしてありました。
家には、風邪薬の錠剤が入った瓶が常備されていて、
風邪をひいたらそれを飲む。
疑問に思うこともなく、
そうやって育ってきました。
それは、その時代、その家庭にとって、
当たり前で、安心できるやり方だったのだと思います。
母になって、増えていった不安
そして、自分が母親になってから。
小さな子どもの
小さな症状ひとつひとつが、
とても、とても不安でした。
「これで様子を見ていいのかな」
「見逃してしまったらどうしよう」
誰かに相談したくて、
不安を抱えたまま小児科に駆け込み、
「大丈夫ですよ」と言われて、
ホッと胸をなでおろす。
その安心感に、
何度も救われたのも事実です。
だから私は、
病院へ行った選択も、
薬を飲んだ選択も、
間違いだったとは思っていません。
あの頃の私には、
あの安心が必要でした。
それでも、ふと浮かぶ「もし」
ただ、今になって
ふと考えることがあります。
もしあの頃、
自然に治るということを
もう少し具体的に知っていたら。
「治るまでの時間を、どう過ごしたらいいか」
「不安な期間に、何ができるのか」
それを知っていたら、
薬を選ぶ前に、
立ち止まれる場面もあったのかもしれないな、と。
祖母がいたら、何と言ってくれただろう
野草を使い、
自然とともに暮らしていた祖母は、
もうこの世にはいません。
けれど、
あの頃もし祖母がそばにいてくれたら、
どんな言葉をかけてくれただろう、と
想像することがあります。
「大丈夫だよ」
「身体はちゃんと、わかってるよ」
そんなふうに、
今よりずっと静かで、
揺るぎない言葉を
くれたのかもしれません。
自然治癒力を信じるということ
自然治癒力を信じる、というのは
何かを我慢することでも、
医療を否定することでもないと、
私は感じています。
それは、
不安な時間をどう過ごすかを知っていること。
身体が治ろうとしている間、
どう寄り添い、
どう見守り、
どう待つのか。
その選択肢を知っていることなのではないでしょうか。
信じられなくなった自分を、責めなくていい
私たちはいつの間にか、
「早く治す」ことを優先するようになり、
「治る力を待つ」ことから
少し離れてきたのかもしれません。
でも、それは
弱かったからでも、
間違っていたからでもなく、
不安の中で、必死だったから。
だから、
信じられなくなった自分を
責めなくていい。
これから、
少しずつ思い出していけばいい。
私は、そう思っています。
今日も、
身体の声に少し耳を澄ませながら。
やさしい一日を過ごせますように。
自然療法を始めると、薬に頼らず身体の力を引き出す選択肢が増えます。
何より、「気持ちいい!」と感じながら体調が整っていくのが魅力です。
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